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研究内容

寄生性線虫の生活環における環境応答性トランジション

  寄生性線虫であるフィラリアの生活環は、媒介昆虫(蚊)と哺乳動物宿主の二つの動物ステージを経て完結します。蚊-宿主間の移行に伴う温度変化の“乗り越え(適応)”システムを解明するため、犬フィラリア(Dirofilaria immitis)の第3期幼虫(L3)における脱皮機構をモデルとして解析しています。
  このL3は、吸血時に蚊から宿主へ移行する際に、急激な環境変化を経験することが知られています。私達は、フィラリアの脱皮をin vitroで再現し、温度(37℃)と栄養環境の二つが蚊から宿主への移行時におけるフィラリア発育の重要な刺激因子であることを見出しました。その際、自由生活線虫であるC. elegansでは、熱応答パラメータであるhsp70の発現が持続的に維持されるのに対し、フィラリアではごく短時間にその応答が収束することが明らかとなりました。これらの環境刺激によって誘導される遺伝子群を同定したところ、クチクラ関連因子(cut-1)、フォン・ヴィレブランド様因子(vWFA)およびシステインプロテアーゼ(カテプシン-L)が関与することがわかりました。これらの遺伝子のノックダウンによりL3の脱皮が抑制されたことから、寄生性線虫であるフィラリアは、温度変化に対する適応機構とともに、それを刺激としてライフサイクルを促進する遺伝子制御メカニズムを有することも示されています。また、C. elegansのJNKおよびp38は、37℃環境下において迅速に活性化するのに対し、フィラリアでは両方とも低レベルの活性上昇に留まりました。興味深いことに、フィラリアのJNKは第6エクソンの重複によりキナーゼドメインの一部が繰り返される構造を取っていることが明らかになりました。この特徴的な遺伝子構造は、他の寄生性糸条虫であるマレー糸状虫(Brugia malayi)およびロア糸状虫(Loa Loa)においても保存されています。これらの結果から、フィラリアは温度変化を利用して、“乗り越え”のみならず発育の“切り替え”(トランジション)を行っていると考えています。私達が見出した宿主体内への侵入時に発現上昇するフィラリアタンパク質は、新たなワクチン抗原候補となることが期待されます。(写真:蚊の口吻から出てきたフィラリア幼虫)