研究内容

ヒトスジシマカの越冬戦略

地球上に存在する生物のうち、昆虫は熱帯から極地までの多様な環境に生息し、最も繁栄している生き物です。これは、昆虫が長い進化の過程において、新天地での気温や雨量などの環境要因に適応する様々な能力を獲得してきた結果であると考えられます。例えば、熱帯地域に生息していた種が温帯地域に生息圏を広げるためには、冬の寒さや乾燥に耐える能力を獲得しなければいけません。ヤブカ属の一種であるヒトスジシマカ(Aedes albopictus)は、元々は熱帯気候の東南アジアが原産ですが、ヤブ蚊越冬卵を形成する能力を獲得したことによって、より気温の低い温帯地域に侵入するようになりました。今後、地球温暖化の影響でさらに生息圏を拡大することが予想され、今や国際自然保護連合(IUCN)によって世界の侵略的外来種ワースト100に指定されています。ヒトスジシマカがこれほどまでに分布を拡大できた背景には、卵がもつ乾燥耐性と、越冬卵を形成する能力があります。興味深いことに、この越冬卵形成能力は、温帯地域に生息圏を広めたヒトスジシマカ系統だけが獲得した形質であり、東南アジアに生息している系統は有していません。
 自然界では冬が近づくに連れて日長が短くなり、気温が下がります。こうした環境変化は、温帯地域より高緯度に生息する生物にとって冬の到来を告げるシグナルとなり、ヒトスジシマカのメスは春まで孵化しない越冬卵を産みます。そこで、越冬卵形成能力と越冬卵のもつ形質を誘導する遺伝的要因を解明することにより、昆虫が生存に不利な環境にどのように適応してきたのか、その進化の一端を明らかにすることを目指しています。